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2026.02.28

【鍼灸コラム】7 鍼のお話 その2 -鍼の打ち方について-

第7回は「鍼」について その2です。
今回も、2つのトピックを取り上げます。鍼を打つときの角度と深さの話です。

〇鍼の打ち方 角度の話
鍼を打つとき(一般的に、鍼は「打つ」と言います。あるいは刺入(しにゅう)すると言います。「刺す」ということはほとんどありません。少なくともわたしは職業鍼灸師から「鍼を刺す」という言い回しを聞いたことがありません)、どの角度で打つかは結構重要です。
大きく「直刺(ちょくし)」「斜刺(しゃし)」「横刺(おうし)」の3つがあります。
だいたいの感覚ですが、「直刺」は皮膚面に対してほぼ90度。「斜刺」は皮膚面に対して45度前後、「横刺」は皮膚面に対して30度以下といったところでしょうか。
打ちやすいのは直刺ですが、場所によっては横刺を使わないと難しい。臨床上の感覚で言うと、頭部や関節周り、靭帯付近は横刺ができると重宝します。また経験を積んでいく上でできるようになります。(自主練習は必要ですが)上手な鍼灸師とは横刺が上手な鍼灸師と言ってもいいのではないかと思います。(早弾きできるギタリストが上手いギタリストと思われるようなものです)
横刺は、鍼に加える力がぶれると、すぐに鍼が曲がってしまったり痛みが出やすくなったりするので、技術的には習得に時間がかかります。
それなら直刺は楽なのかというと、それがそうとも言えないところが鍼の奥深いところです。一般論で言うと直刺が一番楽ですが、これも、いかに皮膚面に対して垂直方向の力を鍼に加えられるか--鍼の向きに沿った力を与えられるかどうかが勝負です。あと、便利な反面、意外と使えるところが大きな筋肉だけだったりします。
最後に斜刺。中途半端な角度ですが、これが大活躍するところが仙骨のツボです。お尻の間、背骨の下にある、骨盤を形成するうちの三角形の骨です。仙骨孔という神経が通る穴があいていますが、そこからは仙骨神経叢(せんこつ・しんけいそう)という副交感神経が走っているので、ここを上手に刺激できると泌尿器・生殖器まわりのトラブルや、あと一部の坐骨神経痛の改善などを期待できます。「斜刺の『ドル箱』」と言ってもいいかもしれません。更年期障害や不妊症・PMSなど、あと過活動性膀胱やLOH症候群などでも、成績は悪くありません。

〇どこまで鍼を刺し入れるべきか? 浅刺しと深刺し
 わたしの母校・兵庫新旧専門学校の創設者で恩師だった故・佐伯正史先生は「灸は二次元だけれど鍼は三次元だから(奥が深い、やれることがたくさんある)」とよく言われていました。
 俗に浅刺し、深刺しと言います。
 どのへんが境界線になるかは、ひとそれぞれかもしれませんが、だいたい15~20mmあたりが基準になるかと思います。中には超浅刺(ちょうせんし)という、数ミリとか、下手をすると1-2ミリくらいしか鍼を刺し入れないという先生もいらっしゃるようです。
 わたしはというと、40mm~50mmしっかり刺し入れます。一般的には「深刺し派」ということになります。
 浅刺し派も深刺し派も、それなりの理屈というか、言い分があります。どちらも共通しているのは、その深さが最適だということです。なお 深刺し派の言い分として、深く打てるなら浅くも打てる、があります。浅くやってくれと言われれば、いつでも浅く打てます。逆はなかなかそうはいかない。 
 正直なところ、このへんは好みの問題もあって(わたしは常々鍼灸院はラーメン屋と似ていると思っています)、患者さんの方でも浅刺し好みと深刺し好みに分かれ、はりねずみのハリー鍼灸院には自然と深刺し好みの患者さんが集まることになります。もちろん、例外はあります。
 一般論かつ個人的印象で恐縮ですが、深刺し派の鍼灸師は少ないと思います。今日本で主流の東洋医学を謳う鍼灸院の鍼施術は浅刺しです。また、鍼灸の専門学校や盲学校などの鍼灸師養成機関で行われる実技実習では、医療事故防止の観点から深刺しを推奨しないという事情もあります。
 わたしが兵庫鍼灸専門学校で勉強した2005~2008年、お尻でも50mm入れることはなかったです。足の向こうずね(解剖学的には「前脛骨筋 ぜん・けいこつきん」と言います)にある「足三里」という有名なつぼがありますが、そこで30mmだった記憶があります。40mmめいっぱい入れるよう指示されたことはありません。
 そうは言うものの、浅く打った方がいいケースというのももちろんあります。何でもかんでも深く打てばいいというものではないのが、鍼の、ひとの体の奥深さです。

(終わり)

2026.02.19

【鍼灸コラム】6 鍼のお話 その1 -「鍼」と「針」の違い日頃使っている鍼について-

第6回は「鍼」について その1です。
ここでは、2つのトピックを取り上げます。

〇「鍼」と「針」はどう違うのか?
 一緒と言えば一緒なんです。
 もっと言えば、「針」でいいと思うんです。
 個人的には。
 どちらにしたって、医療用の針金を指しますから。
 ただ、職業鍼灸師の立場からだと、明確な違いがあると言わざるを得ません。
 一般論であり、もちろん例外はあるのですが、「鍼」は日本の鍼灸、「針」は中国の針灸を指します。
 最近は中国針灸を採用している針灸院も「〇〇鍼灸院」という看板を掲げているところが増えているように感じます。
 あと、「鍼」だと、特別な針を使っている感じ、雰囲気を出せるのも事実です。
 注射針、ふとん針、裁縫針、どれも「針」。
 鍼灸施術で使用する針金だけが「鍼」です。
 嘘ついたら飲ませるのは「針千本」であって、「鍼千本」ではありません。
 日本鍼灸の鍼と中国針灸の針はどう違うのかというと、鍼そのものの構造はもちろん、その打ち方、さらには病気の治し方・治療理論が違います。
 ちなみに、わたし(はりねずみのハリー鍼灸院)の鍼の打ち方は、伝統的な日本鍼灸(東洋医学)の打ち方とはまったく違います。徹頭徹尾、解剖学や生理学をベースにした打ち方です。実際、アメリカ在住経験のある患者さまから「ニューヨークの鍼灸師さんみたい」と言われたことがあります。「ニューヨークで開業すればよかったかも」と一瞬気持ちが揺らいだほどです。
 もう一つちなみに。「鍼」も「灸」も常用外漢字で、新聞などではルビを振られます。
 普通教育でも習わないので、たとえば領収書を切ってもらうとき、「鍼」や「灸」の漢字を間違えられることもあります。たまにスムーズに「ハリー鍼灸院」の宛名をスムーズに書かれる店員さんがいるとうれしくなります。鍼灸院に通われているか、通われていたことがあったのかなと想像してしまいます。
 コロナ禍の前後だったか、素晴らしい日本鍼灸を世界に広げようと運動されていた鍼灸師の先生がおられました。運動そのものは否定はしませんが、世界に発信する前に、「鍼」「灸」を常用漢字に含めてもらいたいなと思ったものでした。鍼灸に縁のない日本人の多くは「鍼灸」の漢字が書けないのですから。さらには、「しんきゅう」か「はりきゅう」か迷われている方もいます。一般的には「しんきゅう」と読みますが、「はりきゅう」と読んでも全然構わないと思う一方で、「はりきゅう」と読んでもらいたいときには「はりきゅう」と平仮名で書くことにしています。
 脱線ばかりして恐縮です。中国針で思い出がある先生は、わたしに打ち方を教えてくれた佐伯正史先生と惠美公二郎先生です。佐伯先生はお亡くなりになりましたが、佐伯先生の中国針の打ち方は巧みでした。惠美先生は東洋医学と中医学を状況に応じて使い分ける器用な先生で、少なくともわたしにはその器用さはありませんーー何かのときのために中国針を1ケース100本置いてはいますが、西宮の門戸厄神に開業してからの10年間で2ー3本しか使ったことがありません。使っている当座は「ここは体の深部の筋肉(深層筋と言ったりインナーマッスルと言ったりします)にまで届く中国針を使うしかない、念のために取り寄せておいてよかった」と思いましたが、打ち方を工夫すれば、通常使っている日本の鍼でも十分対応できたはずだと、今このコラムを書きながら反省しています。まあ、頑固な腰痛は良くなったので、最善な手段ではなくともよかったとしましょう。 

〇日頃使っている鍼について
 わたしが日頃使う鍼は、寸3の3番と、寸6の5番。痛みに敏感な方向けには寸6の1番のステンレス製のディスポーザブル鍼(使い捨て用に作られた鍼)を使っています。
 寸とか番とかいうのは鍼の仕様のことで、前者は鍼の長さ、後者は鍼の直径を表します。
 1寸が30ミリ、寸3が40ミリ、寸6が50ミリ、2寸が60ミリです。
 2寸より長い鍼もないわけではないですが、特注品ではないかと思います。
 何年前だったか、ものすごく長い鍼「長鍼(ちょうしん)」を自作するとか何とか講習会や勉強会めいた案内が来たことがありましたが、はっきり言ってパフォーマンス以上のものではないと思い、臨床上必要だと思ったことが一回もなかったため参加を見送ったことがありました。
 番についてだと、1番が0.16ミリ、2番が0.18ミリ、3番が0.20ミリ、4番が0.22ミリ、5番が0.24ミリです。むかし8番の中国針を使ったことがありますが、これは直径0.30ミリということになります。
 一般的なシャープペンシルの芯の直径が0.50ミリなので、その半分以下の太さということになります。
 ステンレス鍼のディスポーザブル鍼と書きましたが、今はほとんどの鍼灸院、それこそ99パーセント以上の鍼灸院はステンレス製のディスポーザブル鍼を採用していると思います。安価で安全性が高いからです。
 世の中には銀鍼や金鍼というのがあります。それぞれ銀、金でできています。お値段も高い。
 今はどうか分かりませんが、わたしが鍼灸の専門学校に通っていた2005年(1年生)のときは、銀鍼でトレーニングをしました。鍼まくらという鍼の練習用のまくらに、銀の鍼を入れていくのです。50本で3000円だったと思いますが、相当高い。金鍼は銀鍼どころではありません。
 銀や金は、やわらかいため、痛みを感じにくい。そのかわり曲がりやすく、すぐダメになります。ずいぶん贅沢な練習でしたが、このおかげで、ステンレス鍼がとても打ちやすく感じられたものでした。
 金鍼になると、経営的にディスポーザブルにするのも難しい。それではどうするかと言うと、バーや居酒屋であるボトルキープみたいに、その患者さん専用の鍼にしてしまうのです。高圧蒸気滅菌で処理したものを繰り返し使います。これは金鍼でなくても、銀鍼やステンレス鍼でもいいわけで、要するに、患者さんの体に打つ鍼は衛生的でなければならないということです。ただ、わたしの同期で、いや同期に限らず、わたしの知る限り、高圧蒸気滅菌で鍼を繰り返し使っている鍼灸師はいません。一つ知っていますが十五年以上も前のこと、今もやっているかどうか。

(終わり)

2026.02.15

【鍼灸コラム】5 お稲荷さんと五行論 --日本文化の核となっている五行論--

第5回は趣向を変えて、稲荷信仰--お稲荷さんと五行論について

先日、図書館で『ものと人間の文化史39・狐 陰陽五行と稲荷信仰』(吉野裕子 著、法政大学出版局、1980)を借りました。副題の「陰陽五行と稲荷信仰」を見て、ちょうど鍼灸コラムを書いているところだし、これは何かの参考になるかもしれないと思ったからです。副題って大事ですね。

正直言うと、そんなに期待していなかったのですが、なかなかどうして、五行説について理解が深まったのはもちろんのこと、稲荷信仰の見え方が変わりました。

なぜ稲荷(異形・いなり)信仰が日本で発達したのか? どうしてキツネなのか?

吉野さんの説によると、五行で黄色は「土」を表し、「大地(耕地)」や「稲(穀類)」を表す。一方、日本に棲息しているアカギツネ(北海道に行けばキタキツネもいますが)の体表は「黄」色です。大地や穀物を象徴する色をした毛を生やしているキツネは、害獣でありながらも(もっとも、稲を食い荒らすネズミも食べてくれるので、一概に害獣とは言えないかもしれません)農業信仰の対象となるまでに格上げされていった……

わたしが五行論にあまり信用を置いていないのは、まさにこういう強引な結び付け方なのですが--科学的に、キツネがいるから豊作になるわけではないのは明らかです--文化的に見たとき、決して無視できない影響を与えている概念の一つであることも、また間違いないと思います。

吉野さんの説によると、お稲荷の鳥居がなぜ赤いのかも五行論で説明がつくそうです。
赤は五行説では「火」に相当しますが、前回お話しした五行の相生関係で「火→土 火生土 火は土を生ず」というのがありました。だから、キツネ=黄色=土に至る道の入り口は赤い鳥居=赤色=火でなければならないわけです。

お稲荷さんに限らず、日本の神社の鳥居は赤いものが多いですが、わたしは今まで、鳥居のほとんどが太陽を仰ぐように南向きに立てられているかではないかと思っていました。というのも、方角の「南」は五行では「赤」を表すからと理解していました。ちなみに、「北」は「黒」、「東」は「青」、「西」は「白」、「中央」は「黄」になります。
でも、お稲荷さんの影響もあるのかもしれないなと思いました。日本にある神社の三分の一はお稲荷さんなんだそうです。

話は変わって、やはり農業大国だった中国では「狐の三徳」という考えがあったそうです。狐が貴いのはなぜかという三つの理由ですが、

(1)「色が中和(黄色)なのがよい(「黄」は方位では「中央」を表し、何があっても中庸でいようとする精神の貴さを表した色をしている)」
(2)「前が小さくて後ろが大きい(自分のことより後世のことを考える大切さを体現したような体形をしている→ここから瓢箪を二つに割ったものや北斗七星などとも関係づけられるようになります)」
(3)「死ぬときは必ず丘(ふるさと)に帰ってくる(本当に大切な場所はどこか心得ている)」

他にも、狐にだまされるお話で、化かされたことが分かったときに馬のお尻を眺めていたという話が多いのはなぜか、とか、白い狐と黒い狐が珍重されるのはなぜか、とか、稲荷信仰が商売繁盛とも関わりがあるのはなぜかといったことも書かれていて、なかなか面白かったです。

本当に、鍼灸コラムを書いていなかったらこんなに身を入れて読んでいなかったと思いますし、そもそも借りることもなかったかもしれません。
ご縁というのは不思議なものですね。

以上、他人のふんどしで相撲を取ってみました。あなたもどうですか。

(終わり)

2026.02.10

【鍼灸コラム】4 インクルーシブ(包摂的)な五行論 -現代において五行論から学ぶべきこと-

第4回は「インクルーシブ(包摂的)な五行論」について。

五行論を簡単に言うと、「宇宙は「木(もく)」「火(か)」「土(ど)」「金(ごん)」「水(すい)」の五つのタイプに分類することができる」とする古代中国の思想です。陰陽論と同じく、東洋思想や、これをベースとする東洋医学において欠かせない概念になっています。五行論と陰陽論を合わせて「陰陽五行論」「陰陽五行説」と言うことも多いです。

五行論の大きな特徴は「配当(分類)」「相生(そうせい)・相剋(そうこく)関係」「母子関係」の三つです。
(「相生(そうせい)・相剋(そうこく)関係」の変形として「相乗(そうじょう)・相侮(そうぶ)関係」があったりするのですが、ここでは割愛します)

 (1)配当 あらゆる概念や物は「木」「火」「土」「金」「水」のいずれかに所属するという考え方です。
 (2)相生 木から火をおこせる、火が燃え尽きれば灰(土)になる、という感じで、一つの五行が別の五行を生成する関係を表したものです。 木→火 火→土 土→金 金→水 水→木 と循環します。
 (3)相剋 木は土をおしのけて生える、火は金属を熔かす、という感じで、一つの五行が別の五行を抑制的に制御する関係を表したものです。 木→土 火→金 土→水 金→木 水→火 と循環します。

 (2)(3)については、前回お話ししたフィードバックを連想させます。相生が正のフィードバック、相剋が負のフィードバックというわけです。
 
 さて、わたしたちは、この五行論から何を学ぶべきなのか。
 個人的には、二つあると思います。
 一つは、すべては五行のどれかに所属する、仲間はずれになるようなことはない。宇宙とはそういうものだという、世界のサステナブルなありよう。
 もう一つは、「森羅万象において、『完全に孤立した状態』というものはない、もしそれが現出するとしたら、それは不自然なのだ」という、インクルーシブ(包摂的)でインタラクティブ(相互作用的)な状態が自然であるという自然観だと思います。
 これはとても魅力的で、いったん個人という単位まで分解し、それを組み直すことでよりより社会を作っていく西洋の考え方の対極にあります。分類はしても、分解してはいけない。わたしは社会の中のわたしから逃れられず、わたしでないひとたちとの関係性をよりよい、自然な状態に保つことを要請しているわけです。
 わたしの五行論に対する違和感は「五行の配当」という恣意的な分類にあります。思弁的な傾向が強まり、さらにそれを検証する文化が育たなかったため(特に東洋においては、古ければ貴い、古いものは正しいという考えが根強くあるように感じます。「亀の甲より年の功」ということわざがありますが、一面の真実を含んでいるとは言え、古いから正しい、偉いひとが言っているから正しいと批判的思考を封じ込めてしまったのは残念だったのではないかと思います。結果、現代の自然科学から見ると荒唐無稽の類にまで堕ちてしまいました。
 とは言え、古代中国のひとたちが作り上げてきた五行論には、バランスを重視するという、非常に大事な考えがこめられていると思います。一つだけに偏ることの恐ろしさ、自己批判を余儀なくされる緊張関係や競争がなくなるとあっという間に腐敗するということを歴史から学んできた成果の一つではないかとさえ思うときがあるのです。

(終わり)

2026.01.30

【鍼灸コラム】3 陰陽論とサイバネティクス -ネガティブ・フィードバックで「ちょうどよく」-

第3回は「陰陽論とサイバネティクス」について。

前回(第2回)の復習も兼ねて。
陰陽論は、「宇宙は陰と陽とに分かれている」とする古代中国の思想であり、東洋医学の根幹をなす概念の一つで、次のような性質があります。

 (1)陰陽互根 陽があれば陰があり、陰があれば陽があるというように互いが存在することで己が成り立つ考え方
 (2)陰陽制約 陰陽が互いにバランスをとるように作用する。陽虚すれば陰虚、陽実すれば陰実す、というように。
    (虚するは「勢いが弱くなる」、実するは「勢いが強くなる」ととらえてもらえばOKです)
    ◆陰陽制約は提携律とも言います。
 (3)陰陽消長 陰陽の量がダイナミックに変化していくことです。陽虚すれば陰実、陽実すれば陰虚す、というように。
    (虚するは「勢いが弱くなる」、実するは「勢いが強くなる」ととらえてもらえばOKです)
    ◆陰陽消長は拮抗律とも言います。
 (4)陰陽転化 陰陽の質がダイナミックに変化していくことです。陽極まれば無極を経て陰に転化し、陰極まれば無極を経て陽に転化す。
    ◆陰陽転化は循環律とも言います。
    〇たとえば、地球でずっと北に一直線に進むといつかは北極点に到達し、そこからさらに一直線に進むと南に向かってしまうようになるようなものです。
 (5)陰陽可分 陰陽それぞれのな中に様々な段階の陰陽があるということ、陽中の陽、陰中の陽、陽中の陰、陰中の陰というように
    ◆陰陽可分は交錯律とも言います。

 陰陽論とは、宇宙は絶えずダイナミックにバランスを保っている、宇宙はバランスを保つために絶えずダイナミックに運動しているという、自然の周期性と運動性に言及した思想と言えそうです。
 
 
いったん話題を変え、今回は、このコラムのタイトルにある聞きなれない言葉、「サイバネティクス(cybernetics)」について説明します。サイバネティクスはギリシャ語の「キュベルネーテース」(「船の舵を取る者」)からきているそうですが、20世紀アメリカの数学者、ノーバート・ウィーナー(Noebert Wiener)が1948年に提唱した概念で、「フィードバック制御」という概念を適用することで、通信工学や神経生理学、さらには心理学や社会科学まで、同じような議論が可能になるという、「現代の陰陽論」のようなもの考え方です。
 フィードバック(feedback)というのは、「系の出力を入力にへ戻す操作」のことですが、たとえば業務改善や品質改善を行うマネジメント手法としてよく知られているPDCA(Plan→Do→Check→Action)の「C→A」の部分に相当します。分かり易い例で言うと、学生時代、英語の授業の始めに行われる(学校によるのかな?)英単語の小テストや受験の模試などは、学習のフィードバックを促すツールとして多用されます。受験勉強に限らず、各種のコンクールや就職試験の面接などもそうかもしれません。よく、年長者が「枯れ木も山の賑わい」と謙遜とも自嘲ともつかないことを言いますが、山を賑わせることができるには一定の人生経験、人付き合いのフィードバックをこなしていることが必要でしょう。何によらず、「傾向と対策」や「場慣れ」は、フィードバックを組み込む効用を示していると思います。
 そんなフィードバックには、「正のフィードバック」と「負のフィードバック」という二つの方向性が働きます。前者はさらに増幅させようとし、後者は減衰させようとする働きです。
 生体内では、「負のフィードバック」が働くことが多いように思います。たとえば、血圧が必要以上に上がってしまったとき、生体は「血圧をもっともっと上げてやれ(正のフィードバック)」をせずに、「上がり過ぎている血圧を下げてちょうどいいところまでもっていこう(負のフィードバック)」とします。
 一方「正のフィードバック」は、たとえば「痛みの悪循環」と呼ばれる生理現象が当てはまるのではないかと思います。痛みや炎症反応は体にとっては問題なので、痛みや炎症反応がおさまるまでは脳や周辺の組織に、痛みを持続させるよう種々の化学物質や電気信号(神経細胞の伝導・伝達)を活性化します。直感的にはにわかに信じがたいかもしれませんが、実際はこういう「もっと、もっと」という正のフィードバックが起きています。目的論的に言えば、生体内レベルで「正のフィードバック」を動かすことで、個体レベルでは負のフィードバックを促しているのではないかと思います。たとえば痛いときは動きを止め、炎症で熱を持っている部分は氷冷(アイシング)による鎮静化を試みます。
 ここまで説明すれば、鍼灸(特に鍼)施術の存在意義も分かるかと思います。それは、生体にとっては必要だが生活の質(QOL)の維持には好ましくない、「痛みの悪循環」という生体内の「正のフィードバック」に介入する技法なのです。
 
 前回も書きましたが、すべては「ちょうどいい」を目指します。「ちょうどいい」状態を知っているからこそ、いろんなメカニズムが働きます。病理学を勉強する前に生理学を勉強しなければならないのはこのためです。正常が分かっていないのに異常について議論できませんから。
 このメカニズムは、数億年、一部においては数十億年という気の遠くなるような時間の中で行われた、これまた気の遠くなるような膨大な試行錯誤によって獲得された機能です。わたしたち鍼灸師を含む医療従事者は、多くのサイバネティクスによってホメオスタシスが保たれている生体の、ほとんど神秘と言ってもいい繊細な機構をよく認識した上で、生体に向き合わなければならないと思います。

(終わり)

2026.01.23

【鍼灸コラム】2 陰陽論とホメオスタシス -ダイナミックに「ちょうどいい」を目指す-

第2回は「陰陽論とホメオスタシス」について。

陰陽論を簡単に言うと「宇宙(森羅万象)は陰と陽とに分かれている」と考える古代中国の思想です。東洋思想や、これをベースとする東洋医学において欠かせない概念になっています。

 この陰陽論、ただ陽と陰とに分かれているというだけではなく、いくつかの独特な特徴があります。

 (1)陰陽互根 陽があれば陰があり、陰があれば陽があるというように互いが存在することで己が成り立つ考え方
 (2)陰陽制約 陰陽が互いにバランスをとるように作用する。陽虚すれば陰虚、陽実すれば陰実す、というように。
    (虚するは「勢いが弱くなる」、実するは「勢いが強くなる」ととらえてもらえばOKです)
    ◆陰陽制約は提携律とも言います。
 (3)陰陽消長 陰陽の量がダイナミックに変化していくことです。陽虚すれば陰実、陽実すれば陰虚す、というように。
    (虚するは「勢いが弱くなる」、実するは「勢いが強くなる」ととらえてもらえばOKです)
    ◆陰陽消長は拮抗律とも言います。
 (4)陰陽転化 陰陽の質がダイナミックに変化していくことです。陽極まれば無極を経て陰に転化し、陰極まれば無極を経て陽に転化す。
    ◆陰陽転化は循環律とも言います。
    〇たとえば、地球でずっと北に一直線に進むといつかは北極点に到達し、そこからさらに一直線に進むと南に向かってしまうようになるようなものです。
 (5)陰陽可分 陰陽それぞれのな中に様々な段階の陰陽があるということ、陽中の陽、陰中の陽、陽中の陰、陰中の陰というように
    ◆陰陽可分は交錯律とも言います。

 陰陽論とは、宇宙は絶えずダイナミックにバランスを保っている、宇宙はバランスを保つために絶えずダイナミックに運動しているという、自然の周期性と運動性に言及した思想と言えそうです。
 
 
 いったん話題を変えて、このコラムのタイトルに出てきたもう一つの聞きなれない言葉、「ホメオスタシス(homeostasis)」について説明します。
「生体の恒常性」と訳されることが多いですが--もとはギリシャ語の、homeo(同じ)とstasis(状態)を合わせたものです。英語だと、前者はhomo-(同じであること)、後者はstatus(状態)に相当します--、生物が持つ基本的な生体維持機能のことです。
 ホメオスタシスが備わっているから、わたしたちは外部環境の変化に適応できます。実際、外部環境の変化に応じて、体温、血圧、血糖値、ミネラルのバランスやホルモンの量、さらには免疫機能(白血球やリンパ球の数、インターロイキンの濃度など)はダイナミックに最適化されています。
 病気とは「ホメオスタシスの機能低下」、死とは「ホメオスタシスがまったく維持できなくなった状態」と言えなくもありません。


 話が少し脱線しますが、特に救急時に、わたしたち医療従事者がまず調べる「バイタルサイン」は体温、血圧、脈拍、呼吸数、意識の有無です。このうち、前の四つは自律神経が支配しています。ホメオスタシスを実現させる自律神経の働きが残っているかどうかを調べているわけです。

 ここで、陰陽論に戻ります。
 陰陽論もホメオスタシスも、本質的に同じことを言っていることにお気づきでしょうか。血圧が上がったら下げようとする。血圧や血糖値が上がったら下げようとする、ミネラルが少なくなりそうなら汗や尿からの排出を抑える、等々。
 東洋医学では、さまざまな生化学的指標(量)についてはそれほど詳しく調べません。五感で判別できる程度の精度です。一方、西洋医学では生化学的指標(量)も厳密に調べます。ナノグラムとかピコグラムとか、よくそんな少量のものを測れるものだと感心します。西洋医学は東洋医学ほど雑ではありません。ただ、その雑なところもある東洋医学は、HbA1cなどを測定する必要がない分、安上がりで手っ取り早いという利点はあります。また、たとえば二人の中年男性のHbA1cがそれぞれ7.1と7.3だったとして、7.1の方がまだ好ましいのは確かですが(どっちにしても糖尿病ですから)、HbA1cの数値が0.2違うと何がどう影響するのかと問われると、意外と答えられないのではないでしょうか。結局「7.1の方が7.3よりはいい、7.3のひとは7.1のひとよりは生活習慣を厳しく見直した方がいいだろう」程度で終わってしまう気がします--ちょっと意地悪な例ではありますが。
 薬なども、画期的な新薬が日々開発されていますが、やっていることは意外とシンプルで、たとえば高血糖の患者が服用する薬は血糖値を下げるものと相場が決まっています。畢竟、洋の東西を問わず、医学とは、生体で起きている何かの過不足を「ちょうどいい」ところまで調整する技術であると言えそうです。

 とは言え、やはり西洋医学は偉大です。鍼を打つよりも血圧降下剤を服用する方が血圧は下がりますし(下がらないケースもありますが、鍼施術を受けるよりは下がりやすい)、お灸をすえるよりも抗生物質や抗ウィルス薬を投与する方が感染症治療の勝負が早い。これは素直に認めなければならないでしょう。

 その上で、東洋医学と西洋医学をバランスよく取り入れることで、QOL(生活の質)をよりブーストできるのではないかと思います。

 話が脱線しますが(脱線が多くて恐縮です)、少年時代に読んだ「NHKきょうの料理」という料理雑誌に「和食は塩分は多いが脂質が少ない、洋食は塩分は少ないが脂質が多い、中華は油を使って手早く調理できる(注:ただし塩分も脂質も高い)。一日の献立で上手に組み合わせましょう」といったようなことが書いてあって、なるほどと感心したおぼえがあります。和食一辺倒、洋食一辺倒、中華が出なければちゃぶ台ひっくり返してやるというのではなく、バランスよく組み合わせることで、栄養学的にも食事の楽しさとしても質の高い食生活が実現できるというわけです。参考までに。

(終わり)

2026.01.15

【鍼灸コラム】1 鍼はなぜ体にいいのか? -大久保適斎と代田文誌-

今年から、鍼灸についてのコラムを書きます。どうぞおつきあいください。

第1回は「鍼はなぜ体にいいのか?」。

鍼とは何かを簡単に言うと--わたし(本木晋平)の個人的理解です--、「鍼灸施術用の針金を皮膚に刺し入れて物理的な刺激を与えて反射を起こすことで自律神経をトレーニングし、あるいは反射とは別のメカニズムで鎮痛を試み、もって体の不調(特に不定愁訴)を和らげる、物理療法およびリラクゼーション技法の一つ」です。自分で言いますが、大きく間違っていないだろうと思います。

さて、わたしの手元に、「鍼治新書 治療篇 全」(大久保適斉(ママ) 著、代田文誌 原本所持及び解題、医道の日本社、1973)という本があります。 

明治時代に大久保適斎という医師が上梓した、東洋医学の「と」の字も出ない、解剖生理学に則った鍼灸施術の理論書です。(わたしに言わせれば、思い込みが強いかな? というところも多々あるのですが、MRIはおろか、X線(レントゲン線)も発見されていなかった頃に書かれた本ということもあり、仕方がないかと思うところもあります。ちなみに、X線の発見は1895年、「鍼治新書 治療篇」が自費出版されたのは明治25年、1892年です」)

この本の解題を務めた代田文誌は「解題 大久保適斉(ママ)著 鍼治新書(治療篇)再版について」の中で、実に興味深いことを書いています。

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(略)要するに彼れ(引用者注:大久保適斎のこと)の針治療の臨床的観察によれば、

 1、神経変常の調節作用、

 2、疼痛痙攣の鎮静作用、

 3、知覚脱失や麻痺の回復作用、

が針治の臨床的な効果の主要なものであるというのである。その見解は、近代医学的であり、治療学的である。したがって、本書は明治初年の著書ではあるが、現代のわれわれにとっても、臨床的に役に立つ書物であり、彼れの説はあまたの示唆に富んでいるのである。

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 後出しじゃんけんみたいで恐縮ですが、初めてこの解題を読んだとき、「はりねずみのハリー鍼灸院」を2015年に開業して以来、鍼施術の効果について密かに考えて続けていたことをあっさり言われてしまったと悔しくなったのを思い出します。

 鍼はなぜ体にいいのか。それは(1)神経の走っている周囲の筋肉を緩めることで痺れを軽減させられるから(椎間板ヘルニア、坐骨神経痛など)、(2)鎮痛効果を期待できるから(ぎっくり腰、首の寝違え、初期の五十肩など)、(3)反射を起こして血流を良くすることで神経や筋肉の機能回復(リハビリテーション)を促進させることができるから(脳梗塞の後遺症やスポーツ傷害のリハビリテーションなど)だと、わたしも思っています。

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 ホームページの「プロフィール」にも書きましたが、わたし(本木晋平)は、大久保適斎のように西洋医学的なアプローチを試みています。東洋医学を支える東洋思想--主に陰陽五行論--に基づいた施術は行っていません。

 別のコラムであらためて書くことになるかもしれませんが、個人的に、陰陽論は現代においても結構適用できると思う一方(たとえばホメオスタシス(生体の恒常性)やサイバネティクス(通信と制御を統合させて考える理論)などと非常に親和性が概念です。これについてはまた後に書くことになるかと思います。今は用語の意味が分からなくても構いません)、五行論は思弁的に過ぎる、思い込みが強すぎると思っています。ただ、五行論が出てくる気持ちというのか事情については理解できないでもありません。方位と天体に合わせたという説があります。方位は「東・西・南・北+中央」(「中央」を入れるところが、いかにも中華思想を持つ古代中国らしいと思ってしまいます)、天体は、古代に肉眼で見えた五つの惑星「水星・金星・火星・木星・土星」です。

 話を戻して、西洋医学的アプローチのみで施術をする鍼灸院は、まだ少数派だと思います。その分独自性も出せていると思うのですが、やはり不安です。そんなとき、大久保適斎の「針治新書 治療篇」は精神的な支えになってくれています。わたしにも鍼が打てなくなる日は来るでしょうが(考えたくもありませんが)、それまで同書がわたしの座右の書の一つであり続けるであろうことは間違いありません。(終わり)

2024.05.20

【神戸新聞文芸】ショートエッセー「神戸人形と吉田太郎さんのこと」が入選・全文掲載されました。

神戸新聞文芸(神戸新聞 2024/5/20月付朝刊 14面読者文芸欄)で
ショートエッセー(3枚)
「神戸人形と吉田太郎さんのこと」が入選・全文掲載されました。
選者の三浦暁子先生、ありがとうございます。



神戸人形の作者・吉田太郎さんへの追悼文として書きました。
「神戸人形」を復興させた吉田太郎さんの偉業は絶対に語り継がれるべきです。

2023.05.07

【マスク着用の勧奨について】WHO=世界保健機関が新型コロナウイルスによる「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」の宣言終了を発表したことについての個人的見解

5/5㈮、WHO=世界保健機関のテドロス事務局長が、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて出している「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」の宣言(緊急事態宣言)を終了すると発表しました。

また国内でも、明日5/8㈪から、感染症法上の分類区分が2類感染症(ポリオ、結核、ジフテリア、鳥インフルエンザ=新型インフルエンザなどと同等)から5類感染症(季節性インフルエンザ、梅毒、風疹、麻疹などと同等)に移行します。

ですが、個人的に、マスクを外すのは時期尚早だと考えています。

理由として

●弱毒化しているとは言え、新型コロナウイルス感染症の後遺症がきついーー味覚障害、嗅覚障害、ブレインフォグなど多彩かつ厄介であること。

●3/13以降、政府が「マスクの着用は、個人の主体的な選択を尊重し、個人の判断が基本となりました。本人の意思に反してマスクの着脱を強いることがないよう、ご配慮をお願いします」のメッセージを出してから、特にこの1ー2週間、感染者数が増えていること

国および兵庫県の感染フェーズが下げ止まっていること(現時点、終息の気配がないことを意味します)。

●WHOが、名指しこそしなかったものの、おそらく日本政府の対応に懸念を表明していること。

The worst thing any country could do now is to use this news as a reason to let down its guard, to dismantle the systems it has built, or to send the message to its people that COVID-19 is nothing to worry about.

いずれの国においても今やることで最も悪いことは、この緊急事態宣言終了のニュースを感染予防の取り下げる理由として使うこと、すなわち、作り上げ行ってきた感染予防策を解除する、あるいは、人々に新型コロナ感染症は恐るるに足らずというメッセージを送ることです。 拙訳:若干意訳しています)

以上のことから、引き続き、ひとがいるところでは極力不織布マスクの着用をお願いしたいと思います。※屋外で他人との距離が2-3m以上あればマスク着用の必要はないと思われます。

それでは、「いつになったらマスクをつけなくてもいいのか?」ということになりますが、

■検査陽性率5%未満が2週間以上続いたとき

■国および県の感染フェーズがⅠ(最も軽い段階)になったとき

要するに、感染源や感染状況がほぼ特定できるようになったとき

だと考えています。

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はりねずみのハリー鍼灸院のような零細鍼灸院にも、去年の夏以降、コロナ後遺症鍼灸で治らないかどうかという電話問い合わせが毎月〜2ヶ月に一件程度ですが続いています。

新型コロナに限らず、感染症は罹らないに越したことはありません。(感染症に罹らなくても根性をつけることはできます)

最後に、あらためて

No-one is safe until everyone is safe .(みんなが安全になるまで誰も安全ではない)

であることは、確認しておきたいと思います。

以上、長文になりましたがマスク着用についての個人的見解を述べました。

参考にしていただければと思います。

お大事にしてください。

2023/5/7

はりねずみのハリー鍼灸院 本木晋平

2022.01.02

【新年のごあいさつ 2022】本年もご愛顧を賜りますようお願い申し上げます

あけましておめでとうございます。
みなさまのご多幸とご健勝を心よりお祈りします。

大阪道修町の少彦名神社(神農さん)の張り子の虎「大福虎」です。きょう(2022年1月1日)、初詣でいただきました。鍼灸院に飾ります。

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わたしの鍼灸の恩師である、故・佐伯正史(*)先生が、

「ぼくは、野球は近鉄(大阪近鉄バファローズ)が一番好きなんや。今のオリックス(バファローズ)ね」

と言われたことがありました。

「あのチームは、みんな一生懸命やりおるんや。手を抜かない。一生懸命やるんや」

……「冬来りなば春遠からじ」というシェリーの詩の一節もよく言われていた佐伯先生を、先生の言葉を、この頃懐かしく思い出します。

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「大阪近鉄バファローズ」の精神で、日本に「春」を齎す心意気で、整々と仕事をします。

本年も倍旧のご愛顧を賜りますよう、お願い申し上げます。

2022年 1月1日
はりねずみのハリー鍼灸院
本木晋平

(*)佐伯正史先生 兵庫県鍼灸師会会長や兵庫鍼灸専門学校理事長(創設者)を歴任された、戦後の兵庫県を代表する鍼灸師。

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『医道の日本』第736号(平成17年2月号) 2005年 に掲載された

鍼灸ボランティア~阪神淡路大震災の教訓は新潟中越大地震でどう生かされたか~

石井百雄1, 生江毅2, 渡邉まゆみ3, 佐伯正史*4
*1(社)新潟県鍼灸師会, *2はり灸陰陽堂治療院, *3新潟リハビリテーション専門学校鍼灸科, *4(社)兵庫県鍼灸師会
医道の日本 64(2): 11-23, 2005.

から、佐伯先生の言葉を引用します。

先生は1995年の阪神淡路大震災でご自身も被災された中、鍼灸ボランティアとして活動されました。今でいう、鍼灸の「プロボノ(社会的・公共的な目的のために、職業上のスキルや専門知識を活かして取り組むボランティア活動)」です。(プロボノ:「公共善のために」を意味するラテン語「Pro Bono Publico」が語源)

引用文中の「現場」は「鍼灸プロボノの現場」、「あの震災」は「1995年の阪神淡路大震災」のことです。

佐伯:確かに、若い人に現場を見せてあげたいです。いわゆる医療人として生きていくための奉仕精神といいますか、そういう面を伸ばすのは大事です。1人の人に鍼灸の良さを知っていただくと、それが輪として広がっていきます。 何も鍼灸師の繁栄だけを考えるんじゃなくて、 自分たちの持ってる技術を社会還元する精神を学生の方にも肌で感じてほしいですね。何よりも、その先輩に当たるわれわれがそういう精神を持たないといけない。子は親の姿を見て育ちますので、これから鍼灸の資格を持ってる人たちの動きが、すごく重要になってくるでしょう。(pp.22-23 , 医道の日本 64(2): 11-23, 2005. )

佐伯:鍼灸のアピールという面だけでなく、何よりも一人の人間として何かこの社会に還元していきたいという考えが根本にないと、そういうことはできないでしょうね。でも、明日はわが身ですから。私がそういう気持ちになったのはやはりあの震災が大きかったし、本当に貴重な体験になりました。人さまのお役に立つなんて大層な言葉は使えないけれど、やっぱり経験しないと、なかなかピンとこないものがありますからね。そういう意味でも、実際にその中に入って、自分の目で確かめることが大事ですね。(p.23 , 医道の日本 64(2): 11-23, 2005. )

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