第9回は、使う鍼の本数について。
患者さんにとっては、何本鍼を使ってくれるかではなくて、症状軽くしてくれるかどうかが大事ですから、ある意味どうでもいい話と言われればそうかもしれません。ただ鍼灸師としては、使う鍼の本数は施術スタイルと密接に結びつきますから、避けて通れない問題の一つであることも確かです。
使う鍼は一本だけでいいのか、十本くらい使わないと難しいのか、少し前に流行った「ハリネズミ美容鍼(R)」のように百本近く打たないときれいにならないのか--これについては「鍼灸師の先生のスタイルによる」としかお答えできません。これは鍼灸院や鍼灸師との相性の問題でもあるということで、常々わたしは「鍼灸院を選ぶのはラーメン屋を選ぶのに近い」と言っています。
はりねずみのハリー鍼灸院では何本の鍼を使っているのか?
基本的に、全身施術については通常5~7本です。場合によって14-5本くらいまで使うことはあります。ただし、鍼を打つ場所は100か所近くになります。
美容鍼(顔鍼)は美容鍼専用の鍼を25本使います。
一方、首の寝違えやぎっくり腰(急性腰痛)といった、施術時間が10分程度の部分施術については1本しか使いません。せいぜい2-3本です。
一般的に、置鍼(ちしん/おきばり)と言って、一定時間鍼を刺し入れた状態にして筋肉の緊張を緩和させる技法を採り入れると、どうしても一定数の鍼が必要になるかと思います。
本題はこのへんにして、鍼の本数について思い出話をいくつか。
鍼灸師になるために通っていた兵庫鍼灸専門学校には「臨床見学」という一種の課外授業がありました。これは土日の午前中に(たまに午後だったり一日中だったりもありました)、兵庫県鍼灸師会に所属するベテランの鍼灸師の先生の治療見学をするというもので、受けても受けなくてもいいというものでした。わたしは無料で見学できる貴重な機会だからと、13くらいの鍼灸院で勉強させていただきましたが、5本以上使う先生は少なかったように思います。ちなみに、わたしのように100か所近く鍼を打つ先生も2を割くらいだったように記憶しています。
その臨床見学で、ある先生が昼休みのとき、わたしに言ったことは今も覚えています。
「鍼10本使ったら、鍼1本よりも10倍のコストがかかるからね。経営のことも考えないと鍼灸院は続かない」
思えば、1本しか鍼を使わない先生は、施術時間も短く、気持ちのいいほど(ひとによっては物足りないと感じるかもしれません)あっさりしていました。最後に「よっしゃ、これで終わり!」とポンと患者さんの体を叩いたりするんですが、あれで本当に治っているのかな、魔術はある種の詐術かもしれないと思いました。
今思えば、神業が詐術のようにしか見えなかったわたしの見識不足でしかなかったのです。当たり前の話ですが、自分よりもずっとできる先生がいて何ら不思議はありません。自分はこれでもひとかどの鍼灸師だなどと思い上がった時点で進歩は止まります。残酷なまでの真実です。このコラムを書いている2026年で臨床経験18年になりますが、18年鍼を打ってきたことがそれなりにでも鍼が上手であることの証明にはなりません。
鍼灸の学生時代、ある鍼灸の勉強会に参加したことがありました。そのとき、年配の鍼灸師の先生に言われたこと。
「黄帝内経(こうていだいけい:東洋医学のバイブル)にも『少にして精』と言うやろ。いかに少ない箇所で、いかに問題の場所から離れたところに鍼を打って治すかどうかが、東洋医学の妙味やないか」
海外在住経験の患者さんに言われたこと。
「先生(本木)の打つ鍼って、ニューヨークの鍼灸院みたいな打ち方ですよね」
〇
鎌倉時代、「南無阿弥陀仏」というお念仏を唱える浄土宗や浄土真宗が生まれました。そのとき、一念か多念かという論争があったそうです。曰く、念仏を一度唱えれば救われるのなら何をしても構わないだろう--そういう勘違いをする不届き者がいたようです。一方で、たくさん念仏を唱えなければ救われない、唱えた分信仰していることになるからだという者もいました。それに対して浄土宗を開いた法然上人は、六万七万唱えても粗略に唱えていては効果がない。信心の強さが問題だ答えられたそうです。
煙に巻かれたような気がしないでもないですが、要するに、回数ではなくて信心の純度や強度が問題だということです。
鍼施術で使う鍼の本数に通じている話のように思います。
何本使うかよりも、効く鍼ができるかどうか。患者さんを癒せる鍼が打てるかどうか。
1本の鍼、1か所だけの施術で症状がよくなるならそれでよし。
わたしの場合、効く鍼をするためには、少なくとも今は、一定数の鍼と施術ポイントが必要だということなのだと思います。今後、どんな施術スタイルになるのか分かりませんが、どんな形をとろうとも、患者さまの症状を少しでも軽くできるよう研鑽を積んできたいです。
患者さんは、痛くて、しんどくて、つらい現状を変えたくて、自分を変えたくて鍼灸院に来られるわけですから。
(終わり)
第8回は「小児鍼」について。
今回は、「小児鍼(しょうに はり)」について。
よく「刺さない鍼」、あと「虫はり」という言い方もあります。「疳(かん)の虫=小児神経症」に効く鍼、という意味です。
一般的にイメージされる「鍼」は、皮膚に刺入するタイプですが、小児鍼は皮膚をこすったり圧したり叩いたりするタイプです。初めて小児鍼の道具を見たり施術を受けたりすると「これが鍼なの?」と驚かれる方も少なくありません。
「小児鍼」にはいろんなものがあります。イチョウの形をした「いちょう鍼」が有名ですが、先の丸い「円鍼」、ローラー状になっている「ローラー鍼」、皮膚を傷つけるほどではないとげが入った「梅花鍼(ばいかしん)」、鉛筆みたいな「てい鍼」などです。他にもいろいろあります。変わった小児鍼の一つに、ガラス管の中に上下に動く鍼が入っている「振り子鍼」と言うものがあります。その名の通り、ガラス管を上下に振ると中の鍼が振り子のようにいい感じに出たり入ったりして皮膚を刺激します。いつだったか、東京の神田にある鍼の専門店「三景」さんで購入しましたが、今、わたしと同年代のひと(2008年に免許を取りました)で実物の「振り子鍼」を持っている先生は少ないと思います。聞いたことがないという先生もいるかもしれません。
最近は魚や猫の顔の形をした小児鍼も作られていて、はりねずみのハリー鍼灸院で一番多用しているのは魚の形をしたステンレス製の「メタルフィッシュ」(だったかな?)という小児鍼です。すごく便利で、「いちょう鍼」や「振り子鍼」を使う必要がないほどです。
「メタルフィッシュ」や「振り子鍼」を見たい方は、一度はりねずみのハリー鍼灸院へ施術を受けに来てください。
小児鍼は、江戸時代の後期、大坂(大阪)で発達したというのが通説です。当初はモグラの爪を使っていたそうですが、時代がくだるにつれ、いろいろな形のものができました。
問題は小児鍼は本当に効くのか? 刺さなくても効くのか? です。一般的には「乳幼児から学童期まで」のお子さんに施術することが多いのですが、それはなぜなのかについて納得のいく説明がありませんでした。そこでわたし(本木晋平)は、この問題に取り組んで、2018年に論文を書きました。(本木晋平『「小児はり」はなぜ「特に小児に効く」のか』、『医道の日本』2018年11月号、PP.116-122)びっくりするほど反響がありませんでしたが、少なくとも2026年3月時点において、なぜ小児鍼が特に学童期までに有効で、それ以降はそうでもなくなってくるのかという問題について、わたしの論文よりも解剖生理学的観点からきっちり説明している論文はないと自負しています。繰り返しますが、びっくりするほど反響がなかったのですが。電話一本かかってこなかった。
ともあれ、論文の要点をかいつまんで言うと、確かに学童期までには小児鍼が特に効くと思われます。その謎を解く鍵は「スキャモンの成長曲線(発達曲線)」と「第二次性徴」にあるということです。
前者から言うと、実は神経系の発達は生まれてすぐ成人に迫るほど早いのに対して、皮膚や筋肉、血管、臓器などの発達は比較的ゆっくりです。一定の面積の皮膚に分布する神経(感覚受容器)の数(わたしは「神経分布密度」という概念を導入して説明しています)は、子どもの方が大人よりもずっと多い。大人よりも子供の方がずっと敏感だということです。
そして後者。比較的ゆっくり発達する神経系以外の器官は、第二次性徴を迎えてから本格的に発達します。一般的に第二次性徴と言うと生殖器の発達という理解だと思いますが(「性徴」と言うくらいですから)、実際は他の器官も、性ホルモンが発達させていくわけです。筋肉や皮膚が増え、さらに筋肉と神経の接合が本格的に始まります。筋肉の量が増えると同時に筋力も増すわけです。イメージ的に言うと、筋肉の量が増えるのは電話回線が増えるようなものです。でも、開局手続きしなければただのゴミです。開局手続きに相当するのが「神経-筋接合」ということになります。ともあれ、ある程度筋肉の量が増え、神経との連携も密になってくると、筋肉を直接刺激する刺し入れる鍼の方が勝負が早い。そういうわけで、学童期=思春期以降になると小児鍼よりも一般の鍼の方が効いてくるのです。(詳しくはわたしの論文をお読みいただければと思います)
とは言え、もともと筋肉が少ない方、筋肉量が少なくなってきた高齢の方など(ちなみに、男女問わず、なぜ中年以降になると筋肉が衰え、かつなかなか筋肉がつかなくなるのかというと、性ホルモンの分泌が少なくなるからです。海外ではテストステロンを補充する治療法があったりします。日本でも、自費になりますが、テストステロンを処方してくれるクリニックがあります)、小児鍼が効くということは考えられます。一方で、アスリートのスポーツ障害などでは小児鍼のみで治すのは難しいところもあるのかなと思います。わたしの技術不足の問題もあるかもしれませんが。
最後に、小児鍼の施術の仕方について。たいていは「フェザータッチ」と呼ばれるように軽く軽く刺激をしていきますが、わたしは割としっかり刺激していきます。もちろんそれには理由があり、全員そうするものでもありませんが、普通の鍼と同じく、鍼灸師の先生によって小児鍼のやり方は違います。持っている鍼も違います。思い出すのはわたしの恩師の一人である恵美公二郎先生で、彼は「くるま鍼」という独特な形の小児鍼を使われていました。「振り子鍼」と同じく、今は購入することはできません。ヘンミ計算尺などと同じく、もしかしたらメルカリみたいなところで見つかるかもしれませんが。実を言うとわたしも一時期「くるま鍼」を持っていたのですが、失くしてしまいました。もっとも、負け惜しみではなく、「メタルフィッシュ」で十分間に合っているので、こうして書いている割にはそれほど残念には思っていません。「くるま鍼」とは縁がなかったんだなと思う程度です。とは言え、よそにはない鍼を使っているというのは、お商売というか経営的には一つのウリになるのは間違いありません。わたしはそういう売りこみ方が絶望的なまでに下手で、自分の残念なところは、むしろそういうところかもしれませんーーこういうことを書いて公開してしまうことも含めてです。
まあ、隠そうがオープンにしようが、できるものはできるし、できないものはできないです。鍼灸に限ったことでもありませんし。
(終わり)
第7回は「鍼」について その2です。
今回も、2つのトピックを取り上げます。鍼を打つときの角度と深さの話です。
〇鍼の打ち方 角度の話
鍼を打つとき(一般的に、鍼は「打つ」と言います。あるいは刺入(しにゅう)すると言います。「刺す」ということはほとんどありません。少なくともわたしは職業鍼灸師から「鍼を刺す」という言い回しを聞いたことがありません)、どの角度で打つかは結構重要です。
大きく「直刺(ちょくし)」「斜刺(しゃし)」「横刺(おうし)」の3つがあります。
だいたいの感覚ですが、「直刺」は皮膚面に対してほぼ90度。「斜刺」は皮膚面に対して45度前後、「横刺」は皮膚面に対して30度以下といったところでしょうか。
打ちやすいのは直刺ですが、場所によっては横刺を使わないと難しい。臨床上の感覚で言うと、頭部や関節周り、靭帯付近は横刺ができると重宝します。また経験を積んでいく上でできるようになります。(自主練習は必要ですが)上手な鍼灸師とは横刺が上手な鍼灸師と言ってもいいのではないかと思います。(早弾きできるギタリストが上手いギタリストと思われるようなものです)
横刺は、鍼に加える力がぶれると、すぐに鍼が曲がってしまったり痛みが出やすくなったりするので、技術的には習得に時間がかかります。
それなら直刺は楽なのかというと、それがそうとも言えないところが鍼の奥深いところです。一般論で言うと直刺が一番楽ですが、これも、いかに皮膚面に対して垂直方向の力を鍼に加えられるか--鍼の向きに沿った力を与えられるかどうかが勝負です。あと、便利な反面、意外と使えるところが大きな筋肉だけだったりします。
最後に斜刺。中途半端な角度ですが、これが大活躍するところが仙骨のツボです。お尻の間、背骨の下にある、骨盤を形成するうちの三角形の骨です。仙骨孔という神経が通る穴があいていますが、そこからは仙骨神経叢(せんこつ・しんけいそう)という副交感神経が走っているので、ここを上手に刺激できると泌尿器・生殖器まわりのトラブルや、あと一部の坐骨神経痛の改善などを期待できます。「斜刺の『ドル箱』」と言ってもいいかもしれません。更年期障害や不妊症・PMSなど、あと過活動性膀胱やLOH症候群などでも、成績は悪くありません。
〇どこまで鍼を刺し入れるべきか? 浅刺しと深刺し
わたしの母校・兵庫新旧専門学校の創設者で恩師だった故・佐伯正史先生は「灸は二次元だけれど鍼は三次元だから(奥が深い、やれることがたくさんある)」とよく言われていました。
俗に浅刺し、深刺しと言います。
どのへんが境界線になるかは、ひとそれぞれかもしれませんが、だいたい15~20mmあたりが基準になるかと思います。中には超浅刺(ちょうせんし)という、数ミリとか、下手をすると1-2ミリくらいしか鍼を刺し入れないという先生もいらっしゃるようです。
わたしはというと、40mm~50mmしっかり刺し入れます。一般的には「深刺し派」ということになります。
浅刺し派も深刺し派も、それなりの理屈というか、言い分があります。どちらも共通しているのは、その深さが最適だということです。なお 深刺し派の言い分として、深く打てるなら浅くも打てる、があります。浅くやってくれと言われれば、いつでも浅く打てます。逆はなかなかそうはいかない。
正直なところ、このへんは好みの問題もあって(わたしは常々鍼灸院はラーメン屋と似ていると思っています)、患者さんの方でも浅刺し好みと深刺し好みに分かれ、はりねずみのハリー鍼灸院には自然と深刺し好みの患者さんが集まることになります。もちろん、例外はあります。
一般論かつ個人的印象で恐縮ですが、深刺し派の鍼灸師は少ないと思います。今日本で主流の東洋医学を謳う鍼灸院の鍼施術は浅刺しです。また、鍼灸の専門学校や盲学校などの鍼灸師養成機関で行われる実技実習では、医療事故防止の観点から深刺しを推奨しないという事情もあります。
わたしが兵庫鍼灸専門学校で勉強した2005~2008年、お尻でも50mm入れることはなかったです。足の向こうずね(解剖学的には「前脛骨筋 ぜん・けいこつきん」と言います)にある「足三里」という有名なつぼがありますが、そこで30mmだった記憶があります。40mmめいっぱい入れるよう指示されたことはありません。
そうは言うものの、浅く打った方がいいケースというのももちろんあります。何でもかんでも深く打てばいいというものではないのが、鍼の、ひとの体の奥深さです。
(終わり)
私事都合につき、2026年2月26日(木)・27日(金)臨時休診します。ご迷惑をおかけします、ご了承ください。