第7回は「鍼」について その2です。
今回も、2つのトピックを取り上げます。鍼を打つときの角度と深さの話です。
〇鍼の打ち方 角度の話
鍼を打つとき(一般的に、鍼は「打つ」と言います。あるいは刺入(しにゅう)すると言います。「刺す」ということはほとんどありません。少なくともわたしは職業鍼灸師から「鍼を刺す」という言い回しを聞いたことがありません)、どの角度で打つかは結構重要です。
大きく「直刺(ちょくし)」「斜刺(しゃし)」「横刺(おうし)」の3つがあります。
だいたいの感覚ですが、「直刺」は皮膚面に対してほぼ90度。「斜刺」は皮膚面に対して45度前後、「横刺」は皮膚面に対して30度以下といったところでしょうか。
打ちやすいのは直刺ですが、場所によっては横刺を使わないと難しい。臨床上の感覚で言うと、頭部や関節周り、靭帯付近は横刺ができると重宝します。また経験を積んでいく上でできるようになります。(自主練習は必要ですが)上手な鍼灸師とは横刺が上手な鍼灸師と言ってもいいのではないかと思います。(早弾きできるギタリストが上手いギタリストと思われるようなものです)
横刺は、鍼に加える力がぶれると、すぐに鍼が曲がってしまったり痛みが出やすくなったりするので、技術的には習得に時間がかかります。
それなら直刺は楽なのかというと、それがそうとも言えないところが鍼の奥深いところです。一般論で言うと直刺が一番楽ですが、これも、いかに皮膚面に対して垂直方向の力を鍼に加えられるか--鍼の向きに沿った力を与えられるかどうかが勝負です。あと、便利な反面、意外と使えるところが大きな筋肉だけだったりします。
最後に斜刺。中途半端な角度ですが、これが大活躍するところが仙骨のツボです。お尻の間、背骨の下にある、骨盤を形成するうちの三角形の骨です。仙骨孔という神経が通る穴があいていますが、そこからは仙骨神経叢(せんこつ・しんけいそう)という副交感神経が走っているので、ここを上手に刺激できると泌尿器・生殖器まわりのトラブルや、あと一部の坐骨神経痛の改善などを期待できます。「斜刺の『ドル箱』」と言ってもいいかもしれません。更年期障害や不妊症・PMSなど、あと過活動性膀胱やLOH症候群などでも、成績は悪くありません。
〇どこまで鍼を刺し入れるべきか? 浅刺しと深刺し
わたしの母校・兵庫新旧専門学校の創設者で恩師だった故・佐伯正史先生は「灸は二次元だけれど鍼は三次元だから(奥が深い、やれることがたくさんある)」とよく言われていました。
俗に浅刺し、深刺しと言います。
どのへんが境界線になるかは、ひとそれぞれかもしれませんが、だいたい15~20mmあたりが基準になるかと思います。中には超浅刺(ちょうせんし)という、数ミリとか、下手をすると1-2ミリくらいしか鍼を刺し入れないという先生もいらっしゃるようです。
わたしはというと、40mm~50mmしっかり刺し入れます。一般的には「深刺し派」ということになります。
浅刺し派も深刺し派も、それなりの理屈というか、言い分があります。どちらも共通しているのは、その深さが最適だということです。なお 深刺し派の言い分として、深く打てるなら浅くも打てる、があります。浅くやってくれと言われれば、いつでも浅く打てます。逆はなかなかそうはいかない。
正直なところ、このへんは好みの問題もあって(わたしは常々鍼灸院はラーメン屋と似ていると思っています)、患者さんの方でも浅刺し好みと深刺し好みに分かれ、はりねずみのハリー鍼灸院には自然と深刺し好みの患者さんが集まることになります。もちろん、例外はあります。
一般論かつ個人的印象で恐縮ですが、深刺し派の鍼灸師は少ないと思います。今日本で主流の東洋医学を謳う鍼灸院の鍼施術は浅刺しです。また、鍼灸の専門学校や盲学校などの鍼灸師養成機関で行われる実技実習では、医療事故防止の観点から深刺しを推奨しないという事情もあります。
わたしが兵庫鍼灸専門学校で勉強した2005~2008年、お尻でも50mm入れることはなかったです。足の向こうずね(解剖学的には「前脛骨筋 ぜん・けいこつきん」と言います)にある「足三里」という有名なつぼがありますが、そこで30mmだった記憶があります。40mmめいっぱい入れるよう指示されたことはありません。
そうは言うものの、浅く打った方がいいケースというのももちろんあります。何でもかんでも深く打てばいいというものではないのが、鍼の、ひとの体の奥深さです。
(終わり)
私事都合につき、2026年2月26日(木)・27日(金)臨時休診します。ご迷惑をおかけします、ご了承ください。
2026年2月21日(土)・22日(日)・23日(月祝)
10~20時開院します。
第6回は「鍼」について その1です。
ここでは、2つのトピックを取り上げます。
〇「鍼」と「針」はどう違うのか?
一緒と言えば一緒なんです。
もっと言えば、「針」でいいと思うんです。
個人的には。
どちらにしたって、医療用の針金を指しますから。
ただ、職業鍼灸師の立場からだと、明確な違いがあると言わざるを得ません。
一般論であり、もちろん例外はあるのですが、「鍼」は日本の鍼灸、「針」は中国の針灸を指します。
最近は中国針灸を採用している針灸院も「〇〇鍼灸院」という看板を掲げているところが増えているように感じます。
あと、「鍼」だと、特別な針を使っている感じ、雰囲気を出せるのも事実です。
注射針、ふとん針、裁縫針、どれも「針」。
鍼灸施術で使用する針金だけが「鍼」です。
嘘ついたら飲ませるのは「針千本」であって、「鍼千本」ではありません。
日本鍼灸の鍼と中国針灸の針はどう違うのかというと、鍼そのものの構造はもちろん、その打ち方、さらには病気の治し方・治療理論が違います。
ちなみに、わたし(はりねずみのハリー鍼灸院)の鍼の打ち方は、伝統的な日本鍼灸(東洋医学)の打ち方とはまったく違います。徹頭徹尾、解剖学や生理学をベースにした打ち方です。実際、アメリカ在住経験のある患者さまから「ニューヨークの鍼灸師さんみたい」と言われたことがあります。「ニューヨークで開業すればよかったかも」と一瞬気持ちが揺らいだほどです。
もう一つちなみに。「鍼」も「灸」も常用外漢字で、新聞などではルビを振られます。
普通教育でも習わないので、たとえば領収書を切ってもらうとき、「鍼」や「灸」の漢字を間違えられることもあります。たまにスムーズに「ハリー鍼灸院」の宛名をスムーズに書かれる店員さんがいるとうれしくなります。鍼灸院に通われているか、通われていたことがあったのかなと想像してしまいます。
コロナ禍の前後だったか、素晴らしい日本鍼灸を世界に広げようと運動されていた鍼灸師の先生がおられました。運動そのものは否定はしませんが、世界に発信する前に、「鍼」「灸」を常用漢字に含めてもらいたいなと思ったものでした。鍼灸に縁のない日本人の多くは「鍼灸」の漢字が書けないのですから。さらには、「しんきゅう」か「はりきゅう」か迷われている方もいます。一般的には「しんきゅう」と読みますが、「はりきゅう」と読んでも全然構わないと思う一方で、「はりきゅう」と読んでもらいたいときには「はりきゅう」と平仮名で書くことにしています。
脱線ばかりして恐縮です。中国針で思い出がある先生は、わたしに打ち方を教えてくれた佐伯正史先生と惠美公二郎先生です。佐伯先生はお亡くなりになりましたが、佐伯先生の中国針の打ち方は巧みでした。惠美先生は東洋医学と中医学を状況に応じて使い分ける器用な先生で、少なくともわたしにはその器用さはありませんーー何かのときのために中国針を1ケース100本置いてはいますが、西宮の門戸厄神に開業してからの10年間で2ー3本しか使ったことがありません。使っている当座は「ここは体の深部の筋肉(深層筋と言ったりインナーマッスルと言ったりします)にまで届く中国針を使うしかない、念のために取り寄せておいてよかった」と思いましたが、打ち方を工夫すれば、通常使っている日本の鍼でも十分対応できたはずだと、今このコラムを書きながら反省しています。まあ、頑固な腰痛は良くなったので、最善な手段ではなくともよかったとしましょう。
〇日頃使っている鍼について
わたしが日頃使う鍼は、寸3の3番と、寸6の5番。痛みに敏感な方向けには寸6の1番のステンレス製のディスポーザブル鍼(使い捨て用に作られた鍼)を使っています。
寸とか番とかいうのは鍼の仕様のことで、前者は鍼の長さ、後者は鍼の直径を表します。
1寸が30ミリ、寸3が40ミリ、寸6が50ミリ、2寸が60ミリです。
2寸より長い鍼もないわけではないですが、特注品ではないかと思います。
何年前だったか、ものすごく長い鍼「長鍼(ちょうしん)」を自作するとか何とか講習会や勉強会めいた案内が来たことがありましたが、はっきり言ってパフォーマンス以上のものではないと思い、臨床上必要だと思ったことが一回もなかったため参加を見送ったことがありました。
番についてだと、1番が0.16ミリ、2番が0.18ミリ、3番が0.20ミリ、4番が0.22ミリ、5番が0.24ミリです。むかし8番の中国針を使ったことがありますが、これは直径0.30ミリということになります。
一般的なシャープペンシルの芯の直径が0.50ミリなので、その半分以下の太さということになります。
ステンレス鍼のディスポーザブル鍼と書きましたが、今はほとんどの鍼灸院、それこそ99パーセント以上の鍼灸院はステンレス製のディスポーザブル鍼を採用していると思います。安価で安全性が高いからです。
世の中には銀鍼や金鍼というのがあります。それぞれ銀、金でできています。お値段も高い。
今はどうか分かりませんが、わたしが鍼灸の専門学校に通っていた2005年(1年生)のときは、銀鍼でトレーニングをしました。鍼まくらという鍼の練習用のまくらに、銀の鍼を入れていくのです。50本で3000円だったと思いますが、相当高い。金鍼は銀鍼どころではありません。
銀や金は、やわらかいため、痛みを感じにくい。そのかわり曲がりやすく、すぐダメになります。ずいぶん贅沢な練習でしたが、このおかげで、ステンレス鍼がとても打ちやすく感じられたものでした。
金鍼になると、経営的にディスポーザブルにするのも難しい。それではどうするかと言うと、バーや居酒屋であるボトルキープみたいに、その患者さん専用の鍼にしてしまうのです。高圧蒸気滅菌で処理したものを繰り返し使います。これは金鍼でなくても、銀鍼やステンレス鍼でもいいわけで、要するに、患者さんの体に打つ鍼は衛生的でなければならないということです。ただ、わたしの同期で、いや同期に限らず、わたしの知る限り、高圧蒸気滅菌で鍼を繰り返し使っている鍼灸師はいません。一つ知っていますが十五年以上も前のこと、今もやっているかどうか。
(終わり)
第5回は趣向を変えて、稲荷信仰--お稲荷さんと五行論について
先日、図書館で『ものと人間の文化史39・狐 陰陽五行と稲荷信仰』(吉野裕子 著、法政大学出版局、1980)を借りました。副題の「陰陽五行と稲荷信仰」を見て、ちょうど鍼灸コラムを書いているところだし、これは何かの参考になるかもしれないと思ったからです。副題って大事ですね。
正直言うと、そんなに期待していなかったのですが、なかなかどうして、五行説について理解が深まったのはもちろんのこと、稲荷信仰の見え方が変わりました。
なぜ稲荷(異形・いなり)信仰が日本で発達したのか? どうしてキツネなのか?
吉野さんの説によると、五行で黄色は「土」を表し、「大地(耕地)」や「稲(穀類)」を表す。一方、日本に棲息しているアカギツネ(北海道に行けばキタキツネもいますが)の体表は「黄」色です。大地や穀物を象徴する色をした毛を生やしているキツネは、害獣でありながらも(もっとも、稲を食い荒らすネズミも食べてくれるので、一概に害獣とは言えないかもしれません)農業信仰の対象となるまでに格上げされていった……
わたしが五行論にあまり信用を置いていないのは、まさにこういう強引な結び付け方なのですが--科学的に、キツネがいるから豊作になるわけではないのは明らかです--文化的に見たとき、決して無視できない影響を与えている概念の一つであることも、また間違いないと思います。
吉野さんの説によると、お稲荷の鳥居がなぜ赤いのかも五行論で説明がつくそうです。
赤は五行説では「火」に相当しますが、前回お話しした五行の相生関係で「火→土 火生土 火は土を生ず」というのがありました。だから、キツネ=黄色=土に至る道の入り口は赤い鳥居=赤色=火でなければならないわけです。
お稲荷さんに限らず、日本の神社の鳥居は赤いものが多いですが、わたしは今まで、鳥居のほとんどが太陽を仰ぐように南向きに立てられているかではないかと思っていました。というのも、方角の「南」は五行では「赤」を表すからと理解していました。ちなみに、「北」は「黒」、「東」は「青」、「西」は「白」、「中央」は「黄」になります。
でも、お稲荷さんの影響もあるのかもしれないなと思いました。日本にある神社の三分の一はお稲荷さんなんだそうです。
話は変わって、やはり農業大国だった中国では「狐の三徳」という考えがあったそうです。狐が貴いのはなぜかという三つの理由ですが、
(1)「色が中和(黄色)なのがよい(「黄」は方位では「中央」を表し、何があっても中庸でいようとする精神の貴さを表した色をしている)」
(2)「前が小さくて後ろが大きい(自分のことより後世のことを考える大切さを体現したような体形をしている→ここから瓢箪を二つに割ったものや北斗七星などとも関係づけられるようになります)」
(3)「死ぬときは必ず丘(ふるさと)に帰ってくる(本当に大切な場所はどこか心得ている)」
他にも、狐にだまされるお話で、化かされたことが分かったときに馬のお尻を眺めていたという話が多いのはなぜか、とか、白い狐と黒い狐が珍重されるのはなぜか、とか、稲荷信仰が商売繁盛とも関わりがあるのはなぜかといったことも書かれていて、なかなか面白かったです。
本当に、鍼灸コラムを書いていなかったらこんなに身を入れて読んでいなかったと思いますし、そもそも借りることもなかったかもしれません。
ご縁というのは不思議なものですね。
以上、他人のふんどしで相撲を取ってみました。あなたもどうですか。
(終わり)